碁会所をつくった

笑う月に追いかけられたわけでもないのに、僕は碁会所をつくることになった。

 

この業界に詳しい人には「正気か?」と呆れられたし、

この業界に詳しくない人にも「大丈夫なのか?」と心配された。

 

経緯は難しくない。

川の流れに身を任せてふらふらと漂う笹舟の行く先に滝があった。

それだけのことだ。

滝だって別に悪気があったわけではない。だって滝の方が先にあったのだから。

笹舟に文句を言われる筋合いはないだろう。

 

とはいえ物理法則的には、笹舟は滝を一直線に落ちていくことになる。

 

幸か不幸か軽い笹舟の身だから、滝の下に落ちても胴体が砕け散るわけではない。

また新しい流れに身を置くだけだ。

そして渦の中をぐるぐると回りながら、目眩に耐えるうちに妙な快感すら覚えながら、

なんだか分からないけれども新しい航海を夢見ることになった。

 

まだ緑色の、銀杏の葉がいた。

頑固そうな松ぼっくりがいた。

名前を知らない木の枝がいた。

桜の花びらが優雅に舞いながら落ちてきた。

 

笹舟は彼らに声を掛けた。一緒に流れていこうと声を掛けた。

付き合い始めたばかりの彼女との初デートのような、未知への期待と失敗への恐怖があったけれども、悲観的な感情は無視して、声を掛けてみた。

幸運なことに、別々の状況でぐるぐると回っていた渦の中の連れ合いたちは、

笹舟と同じ行き先を選んでくれた。

 

だから

 

喪黒福造に指を差されたわけでもないのに、僕は碁会所をつくろうと思った。

 

僕も、仲間たちも迷いながら進んでいる。畏れながら進んでいる。

そんな僕たちを哀れんだのか気に入ってくれたのか、いつの間にか見知らぬ草花や

木の実たちが集まってきたような気がする。

それは束の間の逢瀬みたいなものかも知れないけれども、とにかくいまは楽しく、気が向けば

陽気に合唱することさえ叶いそうだ。

釣り人が見たら邪魔に思うかも知れないけれども、どうか少しだけ待ってほしい。

すぐに通り過ぎるから…。

 

何が正しいかなんて分からない。

求めてはみるけれども、きっとそこには辿り着けない。

だいたい流れの先すら見えない。

いま言えることなんて、別に大して何もないのだけれども。

 

でも

 

笑う月に追いかけられたわけでもないのに、僕たちは碁会所をつくったんだ。

 

どうせいつか笹舟は壊れて消えてゆくのだけれども、しばらくは漂いながら陸の景色を眺めながら、水の中に入ってくる酔狂な友人たちを求め続ける旅路になりそうだ。

多分それで笹舟は充分に幸せだから、できるだけ水の中を素敵な場所にしていきたいと思う。誰かと誰かが笑顔を分け合えられる瞬間を、少しでも増やしていけたらなと願う。

 

皆様がここを訪れてくれる日を、心待ちにしています。

 

                            京碁館代表 大野鉄平